J-POP History / 1993-1997 <3>
通信カラオケが普及し始め、現在も活躍する多くのアーチストが世に出始めた1993年。
DEENやミスチル、シャ乱Q、スピッツ、ZARDなどの新星、ユーミンや井上陽水、サザン、ドリカムなどのベテラン勢、時代を席捲した小室ファミリーなど百花繚乱でした。
1997年12月にはX JAPANが解散し、その後を継ぐように翌年からGLAYやラルクが大ブレイクするという時代の転換期でもありました。
そんな平成初期のJ-POPシーンをまとめてみました——。

globe
1995年8月にリリースした1stシングル『Feel Like dance』はオリコン初登場3位、95万枚を売り上げた。
同年9月リリースの『Joy to the love』はオリコン初登場1位で81万枚、11月リリースの『SWEET PAIN』は初登場2位で90万枚のセールスを記録。
1996年1月リリースの『DEPARTURES』は、230万枚の大ヒットとなった。
同年3月リリースの1stアルバム「globe」は455万枚のセールスを記録。当時のアルバム売上枚数の日本記録を樹立した。
1996年には3月に『FREEDOM』、8月に『Is this love』、10月に『Can't Stop Fallin' in Love』をリリース。
1997年は1月に『FACE』、3月に『FACES PLACES』、4月に『Anytime smokin' cigarette』、10月に『Wanderin' Destiny』をリリースした。
MY LITTLE LOVER
1995年8月にリリースされた3rdシングル『Hello, Again ~昔からある場所~』が180万枚の大ヒットを記録。
これを受けてデビューシングル『Man & Woman』もロングヒットとなり、90万枚以上のセールスとなった。
1996年4月には『ALICE』がリリースされ、ミリオンセールスを記録。
同年10月に『NOW AND THEN ~失われた時を求めて~』、同年12月に『YES ~free flower~』、1997年8月には『Shuffle』がリリースされた。
華原朋美
1995年9月にデビューし、同年10月にリリースした2ndシングル『I BELIEVE』がオリコン最高4位を記録し、年末の新人賞を総なめにした。
1996年3月に3rdシングル『I'm proud』を発売。同3月末に『I BELIEVE』がミリオンセラーを達成、『I'm proud』も続いてミリオンセラーを記録した。
同年7月、『LOVE BRACE』、同年10月、『save your dream』をリリース。
翌年1997年も、4月に『Hate tell a lie』、7月に『LOVE IS ALL MUSIC』、9月に『たのしく たのしく やさしくね』をリリースするなど一時代を築いた。
カズン
1995年10月にリリースされた3rdシングル『冬のファンタジー』がサッポロビール「冬物語」CMソングに起用され、52万枚のセールスを記録した。
相川七瀬
1995年11月『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。40万枚近くのセールスを記録。
1996年4月リリースの『LIKE A HARD RAIN』で初のTOP10入りを果たし、売り上げ枚数は30万枚を超えた。
1996年6月リリースの『BREAK OUT!』も30万枚以上のセールス。
同年10月リリースの『恋心』は自身最高の2位を獲得。3週連続TOP3入りし、112万枚をセールスを記録して初のミリオンセラーとなった。
1997年2月リリースの『トラブルメイカー』、同年5月リリース『Sweet Emotion』も50万枚の売り上げを記録した。
V6
1995年11月にリリースされた『MUSIC FOR THE PEOPLE』は、フジ系「バレーボールワールドカップ1995」イメージソングに起用され、52万枚のヒットとなった。
1996年2月リリースの『MADE IN JAPAN』では、初めてオリコンチャート1位となった。
そして、1996年5月リリースの『BEAT YOUR HEART』、同年9月の『TAKE ME HIGHER』、1997年1月の『愛なんだ』、同年4月の『本気がいっぱい』まで5作連続オリコン1位を獲得。
1997年7月リリースの『WAになっておどろう』はオリコン1位は逃したが、50万枚超えのヒットとなった。
同年11月には『GENERATION GAP』をリリースし、35万枚のセールスを記録した。
ウルフルズ
1995年12月リリースの9thシングル『ガッツだぜ!!』が66万枚のヒットを記録してブレイク。
1996年2月には『バンザイ ~好きでよかった~』をリリースし、50万枚を超える売り上げとなった。
その後も、同年12月に『コマソンNo.1』、1997年2月に『それが答えだ!』、同年10月に『かわいいひと』をリリース。
いずれも20万枚を超えるヒットとなった。
GLAY
1996年1月発売の8thシングル『グロリアス』で初のオリコントップ10入りを果たし、累計59万枚を売り上げてブレイクを果たす。
同年8月リリースの『BELOVED』がTBSドラマ「ひと夏のプロポーズ」の主題歌に起用され、80万超えの大ヒット。
年末には、有線放送大賞ゴールド・リクエスト賞を受賞した。
11月にアルバム「BELOVED」からの先行シングル『a Boy~ずっと忘れない~』をリリース。
1997年5月リリースの『口唇』は「HEY!HEY!HEY!」のEDテーマに起用され、バンド初のオリコンチャート1位、99万枚のセールスを記録。
1997年8月にリリースされた『HOWEVER』は、134万枚を売り上げ、バンド初のミリオンセラーとなった。
そして、1997年10月リリースの初のベストアルバム「REVIEW」が当時のアルバム売上枚数の日本記録となる488万枚を売り上げ、一躍スターダムに登り詰めた。
THE ALFEE
1996年1月にリリースされた『LOVE NEVER DIES』が日テレ系ドラマ「奇跡のロマンス」の主題歌に起用され、47万枚のセールスを記録した。
THE YELLOW MONKEY
1996年2月にリリースした『JAM』がロングヒットとなり、累計60万枚をセールス。
同年年7月、『SPARK』をで初のオリコントップ3入りを果たし、累計55万枚を売り上げた。同年11月には『楽園』をリリース。
1997年4月にリリースされた『LOVE LOVE SHOW』は、ノンタイアップながら5週連続TOP10入りするなどロングヒットを記録した。
1997年7月には、吉井が「THE YELLOW MONKEYの頂点」と話す『BURN』がリリースされ、累計90万枚を売り上げ自身最大のヒット曲となった。
MAX
1996年2月にリリースした3rdシングル『TORA TORA TORA』が20万枚のスマッシュヒットし、ブレイクを果たす。
1996年7月リリースの『Seventies』で初のオリコントップ10入りを果たし、同年10月の『GET MY LOVE!』からMAXとして独り立ち。
1997年4月リリースの『Give me a Shake』で初のオリコン1位を獲得し、日本レコード大賞「優秀作品賞」を受賞した。
その後も、同年7月の『Love is Dreaming』、同年10月の『Shinin'on-Shinin'love』などヒット曲のリリースが続いた。
ORIGINAL LOVE
1996年2月にリリースされた『プライマル』は、日テレ系ドラマ「オンリー・ユー~愛されて~」の主題歌に起用され、47万枚のセールスを記録した。
近藤真彦
1996年2月リリースの『ミッドナイト・シャッフル』は、ドラマ『銀狼怪奇ファイル~二つの頭脳を持つ少年~』のオープニングテーマに起用され、70万枚のヒットとなった。
久保田利伸 with ナオミ・キャンベル
1996年5月リリースの『LA・LA・LA LOVE SONG』はフジ系ドラマ「ロングバケーション」の主題歌に起用され大ヒットし、ミリオンセラーとなった。
ラッツ&スター
1996年4月にリリースされた9thシングル『夢で逢えたら』がライオン「クリスタ」CMソングに起用され、44万枚のセールスを記録した。
川本真琴
1996年5月にリリースされたデビューシングル『愛の才能』と同年10月リリースの『DNA』が30万枚超えのスマッシュヒット。
1997年3月リリースの『1/2』はアニメ『るろうに剣心』のオープニングテーマに起用され、73万枚のセールスを記録した。
ビージーズ
1996年5月にリリースされた『若葉のころ』はTBS系ドラマ「若葉のころ」の主題歌に起用され、オリコン最高位25位ながらリバイバルヒットを果たした。
PUFFY
1996年5月にリリースされた『アジアの純真』は、いきなりミリオンセールスを記録。
同年10月リリースの『これが私の生きる道』は、161万枚のセールスを記録して2作連続のミリオンセラーとなった。
1997年、3月リリースの『サーキットの娘』と、同年4月にリリースした『渚にまつわるエトセトラ』もミリオンを達成した。
1997年12月には『MOTHER』をリリースし、オリコン初登場5位となった。
奥田民生
1996年6月リリースの『イージュー★ライダー』は、日産自動車のCMソングに起用され、50万枚のヒットとなった。
玉置浩二
1996年7月にリリースされた11thシングル『田園』が、自身も出演した木曜劇場「コーチ」の主題歌に採用され、92万枚の大ヒットを記録した。
YEN TOWN BAND
1996年7月にリリースされた『Swallowtail Butterfly ~あいのうた~』は映画「スワロウテイル」主題歌に起用され、87万枚のセールスを記録した。
SPEED
1996年8月にデビューシングル『BODY & SOUL』をリリース。60万枚以上の大ヒットとなった。
同年11月にリリースした『STEADY』は130万枚のミリオンセールスを記録。
1997年3月に『Go! Go! Heaven』、同年8月に『Wake Me Up!』をリリース後、同年10月の『WHITE LOVE』が180万以上の大ヒットを記録した。
ポケットビスケッツ
1996年9月にリリースした2ndシングル『YELLOW YELLOW HAPPY』が120万枚の大ヒット。
1997年1月リリースの『Red Angel』も110万枚のセールスを記録。
リリース後は、自身をプロデュースした番組「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」エンディングテーマとして使用された。
同年6月にはウド鈴木がリードボーカルと作詞を務めた『GREEN MAN』がリリースされた。
爆風スランプ
1996年9月にリリースされた『旅人よ~The Longest Journey』は、「猿岩石ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の応援歌として制作され、50万枚のセールスを記録。
L'Arc~en~Ciel
1996年10月にリリースした5thシングル『flower』が33万枚のスマッシュヒットを記録。
1996年11月リリースの『Lies and Truth』はテレ東系「TOWER COUNTDOWN」テーマソングに起用され約30万枚のセールス。
翌年10月リリースの『虹』は劇場版「るろうに剣心」の主題歌に起用され、72万枚のヒット。
猿岩石
1996年12月、秋元康のプロデュースにより、藤井フミヤ・藤井尚之兄弟提供の「白い雲のように」をリリース。
爆発的な猿岩石人気でミリオンセラーになり、日本レコード大賞の新人賞を受賞した。
その後も、同年3月に『ツキ』、5月に『コンビニ』、6月に『君の青空』、9月に『オエオエオ!』、11月に『Christmas』をリリースした。
織田裕二 with マキシプリースト
1997年1月にリリースされた13thシングル『Love Somebody』は、CX系テレビドラマ「踊る大捜査線」主題歌に起用され、人気を博した。
TK PRESENTS こねっつ
1997年1月リリースの阪神淡路大震災チャリティーシングル『YOU ARE THE ONE』は122万枚のセールスを記録し、売上は小中学校のパソコン購入資金に充てられた。
山崎まさよし
1997年1月にリリースされた『One more time, One more chance』が山崎の初主演映画「月とキャベツ」の主題歌に採用され、30万枚のスマッシュヒット。
Every Little Thing
1997年1月にリリースされた『Dear My Friend』が初のオリコントップ10入り、50万枚弱のセールスを記録してブレイクを果たす。
同年6月リリースの『For the moment』では初のオリコンチャート1位を獲得し、70万枚弱のセールスを達成。
同年8月の『出逢った頃のように』では60万枚、同年10月『Shapes Of Love』は50万枚の売り上げを記録した。
河村隆一
1997年2月に1stシングル『I love you』がリリースされ、オリコン4位を記録。同年4月にリリースされた『Glass』では初のミリオンセラーを達成。
同年7月リリースの『BEAT』は有線大賞「最多リクエスト歌手賞」を受賞。そして、10月に『Love is...』をリリースし、1997年のソロ活動を締めくくった。
井上陽水奥田民生
井上陽水と奥田民生の音楽ユニットによって1997年2月にリリースされた『ありがとう』は、話題性もあり、25万枚のスマッシュヒットとなった。
電気グルーヴ
1997年3月リリースの8thシングル『Shangri-La』が、NISSAN「テラノ」のCMソングに使用され、50万枚近いセールスを記録。
広末涼子
1997年4月にリリースされたデビューシングル『MajiでKoiする5秒前』は、NTTドコモ「ポケベル」CMソングに採用され、59万枚のヒット。
同年6月リリースの『大スキ!』も、アサヒ飲料「三ツ矢サイダー」CMソングに起用され、50万枚弱のヒットとなった。
Chara
1997年4月23日にリリースされた14thシングル『やさしい気持ち』が資生堂「ティセラJ」CMソングに起用され、50万枚超のヒットとなった。
Moon Child
1997年5月に5thシングルとして『ESCAPE』が大ヒットし、オリコンシングルチャート1位を獲得し、一躍人気バンドとなる。
同年9月には『アネモネ』、同年10月に『Hallelujah in the snow』をリリース。
Le Couple(ル・クプル)
1997年5月にリリースされた5thシングル『ひだまりの詩』がフジテレビ系ドラマ「ひとつ屋根の下2」の挿入歌に採用され、大ヒット。
ミリオンセラーとなり、紅白歌合戦にも出場した。
反町隆史 with リッチー・サンボラ
1997年7月にリリースされた『Forever』は、本人主演のフジテレビ系ドラマ「ビーチボーイズ」主題歌に採用され、50万枚超のヒットとなった。
ボン・ジョヴィのリッチー・サンボラがギターで参加。この曲で紅白歌合戦にも出場した。
T.M.Revolution
1997年7月に5thシングル『HIGH PRESSURE』をリリースし、初のオリコンベスト10入りを果たす。
同年11月、6thシングル「WHITE BREATH」で初のオリコン1位を獲得。ミリオンセラーも記録し、紅白歌合戦に初出場した。
エレファントカシマシ
1997年7月にリリースされた15thシングル『今宵の月のように』が、フジ系ドラマ『月の輝く夜だから』の主題歌に起用され、41万枚のヒットとなった。
KinKi Kids
1997年7月にリリースされたデビューシングル『硝子の少年』は、オリコン初登場1位となり、180万枚近い売り上げを記録。
同年11月リリースの『愛されるより 愛したい』も160万枚以上のセールスを達成した。
また、『硝子の少年』と同時に1stアルバム「A album」をリリースし、ミリオンセールスを記録した。
ドラマ「金田一少年の事件簿」主題歌『ひとりじゃない』 、ドラマ「銀狼怪奇ファイル」EDテーマ「僕は思う」、ドラマ「若葉のころ」主題歌『FRIENDS』などを収録。
SHAZNA
1997年8月にリリースされたデビューシングル『Melty Love』は、オリコンチャートで初登場5位、88万枚を売り上げた。
同年10月リリースの『すみれ September Love』もカネボウ化粧品のCMソングとなり、45万枚を売り上げた。
エキセントリック少年ボウイオールスターズ
1997年9月に『エキセントリック少年ボウイのテーマ』がリリースされ、50万枚のセールスを記録。
フジ系バラエティ「ダウンタウンのごっつええ感じ」から誕生した単発ユニットで、B面の「ああエキセントリック少年」はエンディングに使用された。
大瀧詠一
1997年11月にリリースされた14thシングル『幸せな結末』フジ系ドラマ「ラブジェネレーション」の主題歌に起用され、96万枚のセールスを記録した。
編集後記
J-POPは、1993年から新しいフェーズに入ったような気がします。
80年代のアイドル全盛の時代から、平成に時代が変わったことやバブル崩壊を機に、音楽シーンのフェーズチェンジが始まり、1993年に完了したような。
Mr.Children、DEEN、スピッツ、シャ乱Q、GLAYなどの新興勢力に、80年代から活躍しているドリカムやサザン、B'zが入り交じり、そこに小室ファミリーの登場。
本当に色々な才能と個性あるミュージシャンが周囲に気兼ねせず、やりたい音楽をやりたいようにやっていたような気がします。
あの様な活気のある音楽シーンを、一番多感な時期にリアルタイムで感じることができて幸運でした。
1993年から1997年にかけてのJ-POPシーンはごった煮状態だけど健全で、才能溢れる様々なバンドやアーチストたちの才能が花開いた時代だったように思います。
そして、1993年から始まったJ-POPシーンのフェーズは1997年に終焉し、1998年から次のフェーズに変わっていったように思います。
小室ファミリーや他のアーチストが勢いを失う中、GLAYを始めとしたビジュアル系やKinKi Kidsを始めとしたジャニーズ勢の勢いが急激に増していきます。
また、1998年にモーニング娘や宇多田ヒカル、浜崎あゆみがデビューしたことも、1997年までとは違ったJ-POPシーンになっていった理由の一つでしょう。
テレビ界や映画界にリバイバルブームの波が来ている今、今後、令和の音楽界も過去の音楽に回帰していくのかもしれません――。
【記事引用】 「Wikipedia」etc..