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ウルトラマンゆかりの地 / 祖師ヶ谷大蔵

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ウルトラマンゆかりの地 / 祖師ヶ谷大蔵

 
 小田急線「祖師谷大蔵駅」。

 ここにはかつて、円谷プロダクション旧本社やウルトラマンの撮影所だった東宝ビルトがあり、”特撮の神様”円谷英二も住んでいました。

 ”ウルトラマン生誕55周年”、そして「シン・ウルトラマン」の公開を控え、盛り上がりを見せているウルトラマンのゆかりの場所を紹介します――。

 

目次  

祖師ヶ谷大蔵駅構内

祖師谷大蔵駅周辺

ウルトラマン商店街

円谷プロダクション旧本社(砧社屋)跡

東宝ビルト(旧東京美術センター)跡

玉蘭

東宝スタジオ(旧東宝撮影所)

編集後記




 祖師ヶ谷大蔵駅構内
【ウェルカムボード】    ホームの階段横の壁には、「ようこそウルトラな街 祖師ヶ谷大蔵駅へ!」というメッセージが描かれています。    また、電車接近時の音楽が上りはウルトラマン、下りはウルトラセブンになっています。           【ウルトラマンの柱】    駅構内の改札前にある柱には、歴代のウルトラ戦士たちが描かれています。                                    

     

     



 祖師谷大蔵駅周辺


【ウルトラマンシンボル像】

 祖師ヶ谷大蔵駅前の広場には、ウルトラマンのシンボル像が立っています。今年で建立15周年を迎えたそうです。




     


 シンボル像の足元には、「ウルトラまちづくりの会」によるウルトラマンの歌のプレートが設置されています。


      



【ウルトラマン交番】

 ウルトラマンシンボル像がある広場のすぐ横には、ウルトラマンの目をモチーフとした窓の祖師谷大蔵交番があります。






【ウルトラマン案内板】

 祖師ヶ谷大蔵駅前にある周辺案内図は、ウルトラマンをモチーフにしたものになっています。

     


 ウルトラマンがスペシウム光線を発射している案内板は、祖師谷大蔵駅前と「祖師谷大蔵駅」バス停前の2カ所に設置されています。





 「祖師ヶ谷大蔵駅」バス停付近にある案内板裏の光線部分には、ウルトラ作品のオープニングのシルエットが描かれています。





【デザインマンホール】

 祖師ヶ谷大蔵駅周辺には、ウルトラマンのデザインマンホール(5種類)が設置されています。













【デザインポール】    改札正面の高架下にある車止め用のポールの天面に、ウルトラマン、ウルトラセブン、ガラモンの装飾が施されています。                                         【ウルトラマンモニュメントサイン】    高架下を南側に抜けてすぐの所に、ウルトラマンをモチーフにしたモニュメントサインが設置されています。                裏にはカラータイマー風のボタンがあり、押すとウルトラマンのテーマソングが流れます。          

 ウルトラマン商店街
 2005年4月、小田急線・祖師ヶ谷大蔵駅を囲む3つの商店街が一緒になり誕生した商店街。

 ウルトラマンをモチーフにした街灯や、ウルトラマン、ゾフィー、帰ってきたウルトラマンが飛ぶアーチなどが設置されています。

 商店街加盟店制作のウルトラマンのオリジナルグッズ&フードも購入できます。
 




祖師谷昇進会商店街

 祖師ヶ谷大蔵駅の西に延びる商店街。通称「ウルトラ・ウェスト・ストリート」。

 ウルトラマンタロウをモチーフとした街灯に、カネゴンをメインとしたフラッグが掲げられており、商店街の西端にはゾフィーのアーチが設置されています。

 また、入口近くの路地に円谷英二の自宅跡があり、昨年2月には祖師谷ふれあいセンター前のベンチにカネゴン像が建立されました。






【ウルトラマンタロウの街灯】

 タロウの特徴的な目の形をした照明の後ろに、左右のツノを模した金属板がついています。


     

     



【ウルトラマン川柳】

 街灯の柱には、「新型コロナウィルス感染拡大3密防止啓もう川柳」に応募があったウルトラマンにちなんだ川柳が掲示されています。


     

      


 街灯の柱に設置されているカラータイマーをモチーフとしたガラスケースの中には、ウルトラマン作品の写真が貼られています。






【Cafe Melogy】

 ウルトラマングッズの販売もしている喫茶店「Cafe Melody」。ウルトラマン商店街にある公式のウルトラマンのお店は、この1軒のみです。




     


 平日のみ、数量限定でカスタードクリーム入りのウルトラパンが販売されているそうです。


     



【ウルトラマンクッキー】

 入り口付近の右手にあるニシキヤ洋菓子店のレジの前には、ウルトラマンクッキー(330円・税込)が売られています。





 クッキーの後ろがホワイトチョコでコーティングされていて、クッキー生地も柔らかく、優しい味と食感になっていてかなり美味しいです。






【円谷英二邸(円谷特殊技術研究所)跡】

 円谷英二の自宅があった場所で、現在は駐車場になっています。

 1966年、「ウルトラQ」が始まった頃、円谷一家でこの地に引っ越してきました。子供たちは時間があるとスタジオに通って胸を熱くさせていたとか。

 英二氏は1954年に「ゴジラ」が大ヒットして広く名が知られるようになるまでは、東宝撮影所に自転車で通っていたそうです。





 戦時中の戦意高揚映画の製作が元で、終戦後にGHQから公職追放を受け、東宝を退職した円谷英二は、1948年に自宅の庭に「円谷特殊技術研究所」を設立しました。

 この研究所で、映画各社の特撮部分を請け負う仕事をしており、これが「円谷プロダクション」の前身となりました。

 また、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンなどの企画立案と脚本を手掛けた金城哲夫は1960年の夏、ここで初めて英二氏と会っています。





 金城氏が円谷プロを退社して沖縄に帰郷する時の送別会も、英二氏宅で行われました。

 また、英二氏の死後、円谷プロの代表取締役に就任した長男の円谷一は1973年2月9日の朝5時頃、寝室で倒れ、搬送された隣の幸野病院で亡くなっています。

 盟友だった金城氏は通夜の日、円谷家の庭のテントに呆然と座りつくし、一さんの遺影の前で葬儀が終わった翌々日まで泣き崩れていたそうです。



「写真集 特技監督・円谷英二」より(中ほどに立っているのが英二氏)


 英二氏が立っていた場所はこの辺りでしょうか。”特撮の神様”と呼ばれた人物が住んでいた場所に記念碑も何も無いのは、寂しい限りです。





【旅館はなぶさ跡】

 実相寺昭雄著『ウルトラマンの東京』によると、金城氏を始めたとした円谷プロの脚本家たちが利用した「旅館はなぶさ」はこちらの通りの右側にあったそうです。

 ウルトラマンの企画や第一話「ウルトラ作戦第1号」の脚本はここで書かれました。





【カネゴン像】

 祖師谷ふれあいセンター前のベンチにカネゴンが座っています。2019年2月3日に設置されました。




     




 カネゴン像の設置日に駅前広場でお披露目イベントが開催され、商店街に現れたカネゴンの周りは人だかりになり、大人気だったそうです。






【ゾフィーアーチ】

 カネゴン像から歩いてすぐの所にゾフィーのアーチが設置されています。




     


【砧図書館】

 ゾフィーアーチから徒歩1分ほどの所にある図書館。ウルトラマンコーナーがあり、ウルトラマンや円谷英二監督、特撮関連の本が充実しています。







祖師谷商店街

 祖師ヶ谷大蔵駅の北に伸びる商店街。通称「ウルトラ・ノース・ストリート」。

 「やまと屋」でウルトラまんじゅう、「高橋茶舗」でウルトラマンのバッチと金太郎飴が購入でき、商店街の北端にウルトラマンアーチが設置されています。

 祖師谷住宅の北にあった栄スタジオで「マグマ大使」や「マイティジャック」が撮影され、第一スタジオが観音院、第二スタジオが保坂工務店の場所にありました。





 商店街の前半はウルトラマンタロウ、後半はウルトラマンをモチーフにした街灯が設置されています。


      

      



【ウルトラまんじゅう】

 商店街の入り口付近左手にある「やまと屋」には、お店を入ってすぐ左側にウルトラまんじゅう(170円)が売られています。


     


 カスタード味とチョコ味の2種類あり、ともに優しい味になっています。また、まんじゅう表面にはウルトラマンの焼き印が押されています。








【ウルトラマン缶バッチ】

 また、やまと屋の向かい側付近にある「高橋茶舗」のレジ前には、ウルトラマン商店街限定のウルトラマン缶バッチが売られています。






【ウルトラマン金太郎あめ(秋限定)】

 また、秋冬限定でウルトラマンのキャクターが描かれたウルトラマン金太郎飴も販売。





 バッチか金太郎飴を買うと、ウルトラマンや怪獣たちをかたどった見事な切り絵ももらえるので、クリアファイルを用意しておいたほうがいいです。





 金太郎飴には、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンタロウ、ピグモン、カネゴン、バルタン星人が描かれています。






【ウルトラマンのソフビ人形】

 商店街を入って徒歩数分のところにウルトラマンのソフビ人形を飾っているお店が2店舗あるので、探してみるのもいいかもしれません。


  

     


 とんねるずの木梨憲武のお父さんがやっている「木梨サイクル」もこの通りにあります。2階に、憲武の叔父さんがやっているカフェ「なごみ堂」が併設されています。






【ウルトラセブンの街灯】

 こちらの商店街には、ところどころにウルトラセブンをモチーフにした街灯が設置されています。


     

      



【ウルトラマンアーチ】

 商店街の北端にある交差点付近に、ウルトラマンのアーチが設置されています。(駅前からかなり歩きます)


      






祖師谷みなみ商店街

 祖師ヶ谷大蔵駅の南に伸びる商店街。通称「ウルトラ・サウス・ストリート」。

 商店街の先に、円谷プロダクション旧本社と撮影所「東宝ビルト」がありました。商店街の南端のアーチは、帰ってきたウルトラマン。

 砧5丁目にある国際放送ではマイティジャックの本編の撮影が行われたそうです。また、円谷英二が東宝撮影所に自転車で通った道でもあります。






【バルタン星人の街灯】

 商店街には、バルタン星人をモチーフにした街灯が6基設置されています。


      


 柱に設置されている円形の窓の真ん中には、ゴモラ、ガラモン、ジェットビートル、ゼットン、シーボーズ、ダダのミニチュアが飾られています。





 この商店街にはバルタン星人をモチーフとした街灯を始め、バルタン星人のフラッグが多く設置されています。


     



【タロウのエコバッグ】

 小島米店さんの店頭で、ウルトラマンタロウの商店街限定エコバッグが売られていました。




     



【ウルトラマンジャックアーチ】

 商店街の端に設置されている「帰ってきたウルトラマン」のアーチ。


     





 円谷プロダクション旧本社(砧社屋)跡


 円谷プロダクション旧本社があった場所。





 1956年に円谷英二が祖師ヶ谷の自宅に円谷特技研究所を設立したのが始まりで、1964年3月に東宝が衣装部(京都衣装)の倉庫を円谷特技プロダクションに提供。





 それ以降、2008年2月に閉鎖されるまで、この場所でウルトラマンを始めとした様々な作品を生み出し、世界中の子供たちに愛と夢を与え続けてきました。











 また、倉庫内に怪獣のスーツが所狭しと保管されていたため、”怪獣倉庫”とも呼ばれ、多くの特撮ファンたちに親しまれていました。





 しかし、経営難により2008年2月に閉鎖され、翌年4月に解体されました。

 砧社屋が閉鎖される月に、これまでの感謝を込めた宴が催され、特撮を愛し、ウルトラマンとともに夢を見た人々が集まり、別れを惜しみました――。



・円谷プロダクション旧本社跡
 東京都世田谷区砧7丁目4



 東宝ビルト(旧東京美術センター)跡    1962年10月に、東宝撮影所の美術工房・東京美術センターとして誕生した撮影所「東宝ビルト」があった場所。          この場所で幾多の怪獣たちがウルトラマンと戦い、数多くの戦闘機が発進し、たくさんの隊員たちが指令室に集っていました。    

 しかし、1964年秋の「ウルトラQ」の撮影開始からウルトラシリーズを生み出してきた東宝ビルトは、経営難と拠点合理化のため2008年2月をもって閉鎖。


 
 2007年12月2日の「ウルトラマンメビウス外伝・アーマードダークネス」の撮影が、東宝ビルトにおけるウルトラマン作品最後の撮影となりました。





 現在は集合住宅になっていて、この場所付近に東宝ビルトの入り口があったようです。











・東宝ビルト跡
 東京都世田谷区大蔵5丁目20‐32



 玉蘭
 東宝ビルト跡から徒歩5分くらいの所にある「玉蘭」という台湾料理屋に、当時の東宝ビルトのスタッフがよく食べに行っていたそうです。











 東宝スタジオ(旧・東宝撮影所)    日本最大級の映画スタジオで、1932年6月に写真化学研究所(PCL)が同地に竣工した映画スタジオ「ピー・シー・エル映画製作所」が前身。    東宝スタジオが有する総面積2万4000坪の敷地では、年間、映画やドラマ約60本。CM約200本が昼夜を問わず作られています。    ウルトラマンのスーツアクター・古谷敏氏は、東宝ビルトでの撮影が終わると、毎日、東宝スタジオの演技課に定期報告に行っていたそうです。                                

 編集後記    「円谷プロの撮影所って、今どうなっているんだろう」    ふと気になって調べていくうちに、祖師谷に”ウルトラマン商店街”というのがあることを知り、訪れたのが今年の8月30日。    ウルトラマンの街灯やフラッグにテンションが上がる半面、円谷プロ砧社屋や撮影所がマンションや集合住宅になっていてショックを受けました。

 それと同時に、”特撮の神様”円谷英二が生きた証や功績、ウルトラマンという不世出な文化が世の中から忘れ去られていくような危機感も感じました。    そして、その一週間後にウルトラマンの「特撮のDNA展」開催を偶然知り、翌日の開幕日に来展。

 科学特捜隊のフジ隊員役の桜井浩子さんのトークショーにも参加でき、一連の出来過ぎたウルトラな流れにちょっとびっくりでした。


●ウルトラ怪獣の置物

 ウルトラマン商店街は、通りの両脇にウルトラマンの街灯とフラッグが並んでいて、壮観な光景が広がっています。    道の脇にウルトラマンや怪獣のモニュメントが立っていれば最高ですが、道幅の狭さと人通りの多さから困難であることは容易に想像できます。

 トキワ荘通りのお店の前にある鉄腕アトムのように、プラスチック製の高さ1m程のウルトラマンや怪獣の置物を店頭に置かせてもらうのも面白いかもしれません。


      

   お店にとってはある意味で、招き猫ならぬ招きウルトラマン、招き怪獣になって売上アップに繋がると思います。

●遠い夢

 自分が生まれた1978年はちょうど第3次怪獣ブームの頃で、子供向け雑誌ではウルトラマン特集、テレビではウルトラマンシリーズの再放送がバンバン流れていました。    そんなこともあって、幼少期はウルトラマンに大ハマリしていました。

 しかし、大人になるにつれて関心がなくなり、2008年に円谷プロダクション砧社屋や東宝ビルトが閉鎖・解体されたことも知らずにいました。    今年初めて知った時には時すでに遅く、伝説の建物の実物を見ておきたかったと大後悔。    しかも、日本を代表するウルトラ作品の故郷ともいえる場所に跡地碑(記念碑)が無く、ウルトラマンを生んだ場所が世間の記憶から消えていく危機感も感じました。
 しかし、様々な利害を乗り越えて跡地に記念碑が設立されることは、ウルトラファンにとって遠い夢なのかもしれません――。
 



【記事/画像引用】「ウルトラマン商店街」「写真集 特技監督・円谷英二」「Mapio.net
         「ありがとう夢工房 円谷プロ砧社屋 ~ウルトラマンと共に歩んだ40年~
         「ありがとう東宝ビルト ~ウルトラマンと共に歩んだ40年~
         「@Nakaken_UPAL | Twitter」「@momk12 | Twitter
         「コバリョウの気ままブログ
         「ウルトラマンになった男」「ウルトラマンを創った男―金城哲夫の生涯
         「特撮円谷組 ゴジラと、東宝特撮にかけた青春
         「円谷一 ウルトラQと”テレビ映画”の時代
         「ウルトラマンが泣いている



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